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「DX Criteria」でデジタル時代の働き方改革を

2020年8月7日

レポート


「行政&情報システム」2020年6月号トピックス掲載(https://www.iais.or.jp/articles/articlesa/20200610/202006_08/

執筆:一般社団法人 日本CTO協会 理事 広木大地

減っていく人間、増えるコンピュータ

 本稿を執筆している2020年4月20日現在、新型コロナウイルスの感染は拡大の一途をたどっています。緊急事態宣言の発出後、東京は静まり返り、先行きの見えない現在ではありますが、こういうときこそ大きなマクロのトレンドをもとに世界を見ることが必要ではないでしょうか。

 これから、日本社会は未曾有の人口減少フェーズに突入していきます。また、企業の労働生産性は先進国で最も低い水準で推移しています。言い換えればそれだけの改善余力が残されている状態と言えます。そして、労働人口の減少が意味することは、人という資源がどんどんと貴重になっていくということです。

 一方、コンピュータリソースは手軽で安価に調達できるようになっています。これは指数関数的な変化で、ほんの10年前のスーパーコンピュータに近しい機能がスマートフォンとして手元に、そしてクラウドを通じて社会のそこかしこに溢れるようになっています。このトレンドは30年以上続いてきました。そして、これからも衰えることなく進んでいくことでしょう。 そうであれば、人の代わりにコンピュータに働いてもらえるよう変えていくほうが無理に人間がやるよりも何倍も効率がいいのです。それにともなって、企業マネジメントの考え方も必然的に変わってきます。今までは「人」にうまく指示をできるようなマネジメント層がもとめられました。人が溢れ、コンピュータは無力だったからです。これからは「コンピュータ」にうまく指示を飛ばし、人とともに共創していくソフトウェアエンジニアリングが重要になってきます。

ソフトウェアエンジニアリングが重要な時代へ

 人とコンピュータのトレンドを別物として企業や組織運営を考えてしまうと「働き方を変えたい」という社会的要請は個人の権利主張や、ともすれば「わがまま」に映るかもしれません。モータリゼーションによって社会の「当たり前」が大きく変わり、徒歩で移動をすることが大きく減りました。今では徒歩の代わりに車で移動することを「わがまま」だという人はいません。同じようにデジタルトランスフォーメーションによっても社会の「当たり前」は大きく変わっていきます。人とコンピュータのあり方の変化は不可逆に変わっていくのです。

正体の見えないデジタルトランスフォーメーション

 このようなトレンドの中で、「企業のデジタル化」を意味するデジタルトランスフォーメーション(DX)は、流行語となりました。社会のデジタル化に伴って、既存産業の常識が大きく代わり、プラットフォーマーの台頭によって変化を余儀なくされる業界も少なくありません。そういったことから、今後の経営を考える上で重要だと注目されるようになりました。

 しかし、人工知能やIoT、VR、ブロックチェーン、クラウドのように新しいキーワードが現れては消えていきます。これらを追いかけていくことは、まさに雲を掴むようなことで、なんだか煙にまかれているような気分になる方も少なくないでしょう。

 いつの時代も、技術革新によって起こることは、人間から非人間的なことが取り除かれることです。例えば今の時代、かまどで米を炊いたり、洗濯板で洗濯をしたりはしません。昔は、家庭を維持するために、女性がずっと家事に張り付いていなければなりませんでした。今の時代から見れば、とても非人間的ともいえる労働です。炊飯器や洗濯機ができたことは「人間から非人間的なことが取り除かれた」と見ることができます。

 炊飯器で炊くご飯には人の温かみがないとか、炊飯器を使って楽しようとするなんてとんでもないとか、実際に言われていた時代もありました。企業がデジタル化をしていくことに、白物家電によって女性が家事から解放された構図と同じものがあると見れば、企業の中から非人間的な仕事が取り除かれていくことが「デジタルトランスフォーメーション」だと言えるのではないでしょうか。

 だから、「働き方改革」と「デジタルトランスフォーメーション」は同時期に語られるようになったのです。もしかしたら、この「働き方」と「デジタル化」の関係は、テレワーク・リモートワークが急速に望まれる現在こそ強く実感されているかもしれません。朝の満員電車も、紙の書類管理も、未来から見れば十分に非人間的に感じられるのではないでしょうか。きっと、これらは長いトレンドでは減っていくのです。

 業界別に見ても時代の進み具合に濃淡があるように思います。ほとんどの業務をコンピュータを通じて行っているデジタル企業では、コロナ騒動の最中にあっても何事もなかったかのようにリモートで仕事をこなしています。その反面、実際に顔を合わせないと仕事にならない、デジタル化されていないペーパーワークをこなすために出社しなければならない会社・組織などはテレワークにずいぶんと苦労されているようです。

デジタル企業における「DX」のもう一つの意味

 ところで、「DX」という言葉、デジタル技術をうまく使っているベンチャー企業で働く人々にとっては、もう一つの意味があります。それは「デベロッパー・エクスペリエンス(開発者体験)」です。この言葉はソフトウェア開発者たちがスムーズに価値創造に取り組める環境・体験のことを意味しています。実はDXというと、先進的なデジタル技術を活用している企業では、「開発者体験」のことだと思う方が多いのです。

 そのため、私も最初にデジタルトランスフォーメーションという言葉を聞いたとき、なかなかピンときませんでした。しかし、企業やこれまでの社会のあり方のデジタル化について考えるほどに、この「2つのDX」は切っても切り離せないものであると気が付きました。

 価値の高いサービスを作り続けている企業には、共通点があります。それは「高速な仮説検証能力を持つこと」です。これはシステムの変化スピードの速さにみることができます。たとえば、米アマゾンでは「1時間に1000回以上」もソフトウェアが改善され、顧客に向けてリリースされるそうです。対して、多くの日本企業のシステムは、「1年間に数回」のアップデートにも四苦八苦していたりします。これはひとえに、開発効率や生産性、自動的な品質チェックなどソフトウェアを構築する際の「見えない品質」についての投資を日本企業が怠ってきてしまったためです。

 このような桁違いの「高速な仮説検証能力」を持つには、技術的な側面だけではなく、組織設計や権限委譲、心理的安全性といった組織的な改革が必要不可欠です。このような環境づくりが2つ目のDXである「デベロッパー・エクスペリエンス」を高めていきます。「2つのDX」は、どちらも欠かせないデジタル化の両輪となります。

2つのDX

 ところが日本では、ソフトウェアやシステムについて自分たちで理解するよりも別の企業に発注して作ってもらうという企業が多かったため、システムの「見えない投資」を怠ってしまいました。改善のしやすさや品質の作り込みよりもむしろ、目に見える機能追加を短期的な視点で求めてしまいました。結果的にシステムに関するノウハウが自社にたまらず、改善が難しい古いシステム(レガシーシステム)に溢れ、デジタル技術で可能なビジネスチャンスやトレンドの変化を見失ってしまったのです。 このレガシーシステムによる経済的損失は年間12兆円に及ぶと、経済産業省が2018年9月に公表した「DXレポート」でも言われています。これは実に東京オリンピックの費用4回分です。

日本CTO協会でベンチャー企業の最高技術責任者の知見を集約

 自社事業としてのシステム開発・デジタル技術活用のノウハウを社会に還元するため、昨年9月に私たちは、日本CTO協会を立ち上げました。ヤフーやメルカリといったメガベンチャーをはじめとする日本屈指のDX企業のCTO(最高技術責任者)11名を理事とした一般社団法人です。

 数百名のCTO経験者のノウハウを蓄積・集約し、社会に還元していくのが日本CTO協会の役割です。後述する「DX Criteria(DXクライテリア)」の公開、レポートや調査報告、各社CTOたちとの交流会・勉強会を定期的に開催しております。まだまだ発足したばかりの団体ですが、「日本を世界最高水準の技術力国家にする」ことを目標に、共に切磋琢磨してくださる法人会員様を募集しております。

「DX Criteria」は「2つのDX」への羅針盤になる

 日本CTO協会は、昨年12月に自社のDXがどれだけ進み、どこが強くどこが弱いのかという点をアセスメントするためのツール「DX Criteriaa ver.201912 」(https://github.com/cto-a/dxcriteria)をインターネット上に無料公開いたしました。

 DX Criteriaは、5つのテーマ毎に8つのカテゴリ、さらにそれぞれ8つの具体的なチェック項目があり、合計320もの観点から自己評価をしていただけます。それだけ仔細で具体的な項目をチェックすることで目に見えない様々な習慣や文化がどれだけ浸透しているかを確認することができるのです。

 5つのテーマは、「チーム」「システム」「データ駆動」「デザイン思考」「コーポレート」です。システムだけではなく、事業全体・企業組織全体としてどれだけ高速に価値を生み出しやすい仕組み・習慣を持っているかを全体像で捉えます。デジタル化とは決してシステム担当部門だけでは成し遂げられないのです。

 各カテゴリの項目は、デジタル企業の多くが取り入れている習慣や仕組みの数々です。それぞれが具体的で、DXという抽象的に見える流行語に指針を示す羅針盤となることを目指しています。

DX Criteriaにおける5つのテーマ

 DX Criteriaのご利用に関して、主な使い方は次の3つです。

  • ・自社のDX進捗度の簡易的なアセスメント
  • ・担当マネージャによるチームとシステムごとの詳細なアセスメント
  • ・外部パートナーとのコミュニケーション

 たとえば、半期に一度などの定期的な自社によるアセスメントに活用できます。自社の強み弱みを可視化し、戦略決定の議論などにご活用いただけます。

 また、必要に応じ外部パートナー企業との間で「どのようにしたら高速な開発ができるのか」という論点での議論にも活用できます。これによって、自社では足りない部分のサポートやサービス導入をするといった商談をすすめる上でも有効です。

 巨大なエンタープライズシステムを分析することにも利用できます。チームごと・システムごとのようにテーマごとに分割した上で、複数の担当者に記入していただくなどすることで部門間の違いや共通の強み・弱みを知ることができます。

 昨年12月の公開後、実際にDX Criteriaを用いて自社戦略の立案や、パートナーとのコミュニケーション、診断サポート事業を始める企業の出現、個人の目標設定での活用などさまざまな反応をいただきました。 また、経済産業省の進めるDX推進指標との連携や、経団連のDX会議でのご紹介などを通じて、より多くの企業・組織にご活用いただくための発信活動を進めてまいりました。

「2つのDX」で行政はどのように変わっていくのか

 行政組織のように厳密さや正確さが求められる組織においては、「高速な仮説検証能力」を求めていくベンチャー企業のスタイルとは、かけ離れているものを感じる方も少なくないのではないでしょうか。

 しかし、東京都が開設した「東京都 新型コロナウイルス対策サイト(https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/)」のように、行政における「2つのDX」を体現した大変素晴らしい事例も存在します。現代的で効率的なソフトウェアサービスのつくり方であるだけでなく、ソースコードやデザインファイルまでも完全に市民に公開し、貢献できる形でのサービス提供は、都民だけでなく、市民社会全体に驚きとポジティブな反応をもたらしました。オープンに誰でも使えるものにしたことで、わずか一ヶ月の間に50を超える自治体向けの情報公開サイトが作成されたのです(FORKED_SITES.md) 。これらは自治体公式のものもありますが、多くは地元の有志や学生によるものです。また、貢献ができるのは技術者だけに限りません。諸外国の人々、在日外国人のためにボランティアベースで多言語対応が急速に進んでいます。このようなことは、これまでの行政システムの作り方では難しかったのではないでしょうか。

 また、自治体だけでなく、行政においてもDXの必要性は認識されつつあります。例えば、経済産業省では省内の業務プロセスの見直しからユーザーフレンドリーなサービスデザイン、開発、運用、データの利活用までを一貫して行うことを目的としてデジタル・トランスフォーメーションオフィスを設置し取組を進めているほか、農林水産省でもデジタル政策推進チームを立ち上げるなど、体制整備が進みつつあります。今回ご紹介したDX Criteriaは今後このような取組を進めるうえでの示唆になると考えています。

 ユニバーサルサービス、プライバシーへの配慮、わかりやすく・使いやすいサービス提供、市民との対話による柔軟な支援など行政に求められる様々な要求は、プラットフォーム企業との類似点が数多く見られます。高速な改善がむしろ、安心・安全という品質につながっていくのです。行政こそが率先してDXを推進することで、社会全体をより効率よく変えることができるはずです。そして、日本CTO協会および「DX Criteria」も、そのお手伝いをしていければと思っております。

広木 大地
(一般社団法人日本CTO協会 理事 / 株式会社レクター取締役)

筑波大学大学院を卒業後、2008年に新卒第1期として株式会社ミクシィに入社。同社のアーキテクトとして、技術戦略から組織構築などに携わり、メディア開発部長、開発部部長、サービス本部長執行役員を務めた後、2015年退社。株式会社レクターを創業し、技術と経営をつなぐ技術組織のアドバイザリーとして、多数の会社の経営支援を行う。


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