エンジニア採用広報やブランディング、そして実際の開発者体験をも向上させる「羅針盤」
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「開発者体験の発信や、エンジニアの採用広報活動における『羅針盤』をつくりたい。」
そんな目標を掲げて、日本CTO協会内に「テックブランディング」ワーキンググループが発足したのは、2021年の秋頃でした。
そこから半年強。協会外の企業様の力も借りてアンケートや分析を行い、2022年5月に発表したのが「エンジニアが選ぶ開発者体験が良いイメージのある企業ランキング30」です。
そしてこの度、先のアンケート結果を更に分析して概要をまとめた「開発者体験ブランド力調査レポート2022」を発表。加えて法人会員様には限定で「上位30社の個別詳細レポート」を公開しました。
これまで「DX Criteria(※1)」などを通して、各社の“実態”を調査・分析してきたCTO協会が、新たに外からの目線ともいえる“ブランディング”に注目する理由とは。ワーキンググループの理事である今村さん(株式会社BuySell Technologies 取締役CTO)と、広木さん(株式会社レクター 代表取締役)にお話を伺いました。
(※1)DX Criteria:各社が自社のDXについて、現状を可視化して把握し、改善のための指針を立てられるような基準。日本CTO協会が監修・編纂しており、大きく5つのテーマ「チーム」「システム」「データ駆動」「デザイン思考」「コーポレート」に分かれ、320項目から成る。

■「指標がない」という共通課題
ーテックブランディングワーキンググループでは、その名の通り「ブランディング」にまつわる調査・分析を行っています。最初に、なぜ「ブランディング」をテーマにしたのかを教えてください。
これまでCTO協会ではDX Criteriaなどを通して、各社の「実態」に注目する機会が多かったので、少し意外だったんです。
広木さん:
「ブランディング」をテーマにしたのは、私自身や周りのCTO、採用広報に携わる方などが共通の課題を持っていると感じたからです。
その課題とは「開発者体験の発信や、エンジニアの採用広報活動にあたって、指針となるものがない」ということ。
例えばエンジニアの採用を強化したいとなったときに、当然お金も時間も人手もかかる。それなのに「ブランドイメージが良くなった」「採用につながった」など、成果を測れる指標がないと社内での説明が難しく、動き出せなかったり、途中で止まってしまったりするんです。
CTO協会が主催するイベントでも、採用広報を目的に協賛したいと言ってくださる企業様は複数あるのですが、企業によって社内への説明コストがかなり異なると感じました。
今村さん:
指標は本当に大切ですね。私は前職(株式会社ZOZOにCTOとして参画)でテックカンパニーを目指し、いろいろな施策を行いましたが、最初は定性的な感覚しかなかったため、経営層や現場への説明に苦労したんです。
認知度やブランディング力が向上している感覚はあるものの、定量化ができなくて。
そこで外部の調査会社にお願いして、自社と採用競合4−5社について調査を行いました。そして定量化された数字を元に改善を繰り返したところ、2年ほどでブランディング力を大きく伸ばすことができたのです。
ーその結果、採用などにも繋がったのでしょうか?
今村さん:
繋がっている実感がありましたね。
力を入れて、調査結果にも現れていた“現場エンジニアのテックブログ”などは、面接でも度々「読みました」と話題にあがり、興味や安心に繋がったと言われました。
我々が今何に注力しているかを理解したうえで志望してくださる方も多く、生の情報として候補者さんたちに役立てていただけていると感じました。
広木さん:
今村さんからお話を聞いたときに、そうしたブランディングに関する調査をCTO協会が広く行うことは、公益性があると思ったんです。
今村さん:
そうですよね。個社で調べられる範囲はせいぜい数社。私たちのような団体が広く調査し、その結果を公開していくことは価値があると思います。
日本全体で採用力、そして実際の開発者体験を向上していくためにも「開発者体験の発信や、エンジニアの採用広報活動における『羅針盤』」が必須です。
■発信は、事業成長やチャレンジに付随する
ーこの取り組みはブランディングや採用力だけでなく、“開発者体験そのもの”を各社が向上することにも繋がるのですか?
広木さん:
その通りです。それというのも私たちエンジニア界隈は特殊なところがあって。他の職種に比べて「真実が滲み出る」性質があるのです。
ー実態が伴わないと、バレてしまうということですか?
広木さん:
はい。エンジニアはもともと企業の枠を超えてコミュニティを形成し、情報交換を盛んにする性質があります。
リアルの勉強会や飲み会もあれば、オンライン上でのOSS活動やブログ、SNSでの発信など幅広く。そこで知り得た誰かの経験・知見の共有に助けられながら、日々の仕事に臨んでいるのです。
そのなかで徐々に、情報を発信してくれるエンジニアさんや、そのエンジニアさんが所属する企業にも愛着を持つようになり、転職時の大きな決め手になったりします。
広告などによるドーンとした認知拡大よりも、いちエンジニアさんが日常的に発信してくれるリアルな情報の方が響いたりするんですよ。
今村さん:
そして、そのリアルな情報は「書いて!発信して!」と現場にお願いするだけで進むものではないんですよね。ネタやモチベーションが必要なので。
だから先にやるべきは、チャレンジできる環境を整えること。「こんな負債があったが、こんな取り組みで解消できた」「こんな課題に対して、こんな技術で解決できた」など、次々にチャレンジが現場で起こるからこそ、その過程や結果を発信しようとなる。
発信は、事業成長に付随するものだと思います。
広木さん:
わかります。先日「採用のために技術ブログを書くわけじゃない。」というタイトルのブログで、そうしたことを書かせていただきました。
どの会社も本来は、エンジニアを採用するためにエンジニアブログを書いているわけじゃないんですよね。書きたいから、役に立つからと書いている。
そういう発信を通して「良さそうな文化だな」と愛着を持ってくれた方が、たまたま採用に繋がることがあるだけなんです。
これは当たり前のことではあるんですが、忘れられがちなので心に留めておければなと思っています。
■「テックブログなどでの技術情報の発信」が認知・好感、共に1位
ー新たに発表したレポートでは、そうした「真実が滲み出る」特性が出ているようですね。
広木さん:
はい。5月時点ではシンプルに「エンジニアが選ぶ開発者体験が良いイメージのある企業ランキング30」のみを発表したのですが、今回は「良いイメージを持った具体的な接点」や「その接点に対して、好感/共感を覚えたか」などの結果を、さらに分析しています。
イメージ(ブランディング)ランキングというと、世間一般の認知度に左右される…。すなわち大企業や著名なサービスをもつ企業、広告でかっこいいイメージを拡散できる企業が強いと思われるかもしれないのですが、やはりエンジニア界隈は違ったんです。

今村さん:
「テックブログなどでの技術情報の発信」が1番強かったんですよね!
私もこれが効くと実感していましたが、認知・好感、共に1番効果的だと数字が出て、改めて頷きました。
採用強化やブランディングにあたってテックブログを始めようという企業は多いですが、「なんとなく大事そう、始めやすそう」と自信を持てないケースがほとんど。それに対して、数字で「効果的だ」と実証されたのは大きなことです。
またリファラル採用が盛んに行われる現代において、直接人を連れてくることが苦手な人でも、自分が伝えたいことを素直に記事にしてくれることが十分価値になると証明されて嬉しいです。
広木さん:
認知・好感、どちらも上位に挙がったのは「所属エンジニアのテックブログ/Qiita等での技術情報の発信」「所属エンジニアの登壇している技術イベント」「所属エンジニアのTwitter」の順。
これらは意識的・短期的に作り出せるものではなく、まさに現場の「真実が滲み出た」結果と言えるでしょう。
現場のエンジニアにとって良い環境があるから発信する量が増えて、類は友を呼ぶように人が集まり、また発信力が増えていく。雪だるま式にこの現象は起きていくのです。
■個社の詳細レポートから導き出せる、各社の戦略
ー私もレポートを拝見して面白かったのが、認知・好感、共に「現場のエンジニア」が「事業リーダーや経営層」よりも影響力があった点です。
広木さん:
全体平均では、現場のエンジニアの影響力が高い結果が出ていますね。現場の発信力が強いということは、“実際の開発者体験の良さ”や“エンジニアとして成長できそうな空気感”、“中の情報を発信できるオープンさ”があることを物語りますから。
ただし、個社単位での詳細レポート(法人会員様限定公開)を見ると、その限りではないんですよ。
ー経営層の影響力が強い企業もあったのですか?
広木さん:
はい。設立して日が浅く、規模や認知度がまだ大きくない企業でも、現場のエンジニアと事業責任者、そして経営者までもが一体となってメッセージを発信し続ければ、コミュニティ化され、ブランディングや採用に繋がることがわかりました。
今回のランキングだと、LayerXさんなどがそうですね。一般的な社会認知はまだ高くないはずなのに、エンジニアの評価は全く違って、なんと AmazonさんとZOZOさんの間にランクインされています。
今村さん:
個社単位のレポートは本当におもしろくて、1社分だけで何時間も盛り上がれるくらいですね。
ZOZOも力を入れていた項目の数字が明確に高いし、他の企業も私が知っている範囲の情報と合致する結果が出ています。
広木さん:
ベンチマークしている企業の詳細結果を見ることで、各社がこれからの戦略に活かせると思います。ランクインしている企業がどこに力をいれているのか、逆に弱いところはどこなのかが現れているので。
「現場への好感度は高いのに、実は“経営者のエンジニアへの理解度は低い”と思われている」なんて子細な結果も出ていて、今後どんなメッセージを出していくのが有効かなど、強化するポイントが分かります。
■「うちは○○だから難しい」は、もう言えない
ーそれにしても、5月に発表したランキングを改めて見ても、さまざまな企業が上位に選ばれていますね。

広木さん:
少し前までは転職で人気な企業というと、「toC向けのサービスで、CGMで、web2.0で…」なんて言葉が並んでいました。「toCは認知されてるから採用が簡単なんだよ」と言われた時代があったんです。
しかし今回のランキングを見ても、現在はその限りではない。BtoB SaaSのように企業が使うものや特定の領域、一般的に認知されにくいサービスを扱う企業も、多数ランクインされています。多様な業種、大きさが混じっているのが見所です。
今村さん:
いわゆる総合系のインターネットカンパニーばかりでなく、バーティカルSaaSを展開している企業や、各ジャンルのDXを推進していくぞと頑張っている企業が入っているのが面白いですよね。
そういう企業をエンジニアさんたちはちゃんと見ていて、好意を持ったり、働きたいと思っている。
広木さん:
「うちは○○だから、ブランディングや採用が難しい」と諦めず、地道に努力し改善する企業には、結果もきちんと付いてくることが実証されましたね。この調査は定点で続けていきたいです。
またランクインされた企業さんには、DX Criteriaで開発者体験の実態についても見える化していただき、その結果とブランディング調査の結果を照らし合わせる…なんて調査・レポートも行っていきたいです。
■「コミュニティへの貢献・還元」の大切さ
ーちなみにブランディング調査にあたって、注意した点などはあるのでしょうか?
広木さん:
目的が「開発者体験発信/採用広報活動の指標・羅針盤をつくる」ことなので、①認知度コンテストにならない、②会員企業への恣意的調査にならない、③技術広報活動の指針となる詳細を持つ、この3つを重視しました。
まず①では「具体的な、技術的発信/交流を通じて“開発者体験”が良さそうだと感じた企業」の名前を、自由回答で聞いています。
そして②のために、アンケートはCTO協会と関係のない、エンジニア転職サービスを運営する企業様2社にご協力いただきました。回答への謝礼としてAmazonギフト券を配布しましたが、公平性・透明性を保持するために、そうした作業もすべて委託しております。

③では職種や年齢層などに加えて、具体的なチャネルや印象などの詳細も質問項目にしています。単なるランキングで終わらせないよう、各社が実際に活用できる羅針盤を目指しました。
この調査を定点で続けていくことで、さらに効果が出てきます。
今村さん:
羅針盤があることで、はじめて答え合わせができ、改善するべき課題が見えてきます。
ブランディングや採用、そして各社が開発者体験を高めていくにあたり、本当に意義のある活動だと思っています。
広木さん:
この調査をする前に、「エンジニアコミュニティに貢献・還元する発信を通じて、採用広報活動は成り立つ」という仮説を持っていました。
それに対して実際に、「現場のエンジニアが活発にコミュニティに貢献している」企業にこそ認知や好感が集まるという結果が出た。
企業の大きさやサービスの認知度、広告、メディア露出など以上に、「コミュニティへの貢献度」にパワーがあると明らかになったのは、本当にすごいことです。
これを軸に各企業が実際の現場を良くして、それがエンジニアコミュニティへの貢献・還元に繋がり、その結果がブランディングや採用に繋がっていく。
そんな正のスパイラルを日本中で起こすため、指針となれる羅針盤づくりに今後も尽力していきます。
▼開発者体験ブランド力調査レポート2022はこちら
https://bit.ly/techbrandingreport-2022
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